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中国山東省、無錫市に北方、南方連絡所開設

NPO認可後初の大型企画、中国ツアー成功裏に終える

 地球文化交流会がNPOとして正式認可されて最初の大型企画となった中国ツアーが十月十六日から二十二日までの六泊七日の日程で行われ、河野喜一理事長以下会員十一人の一行が、中国山東省の済南・泰安・聊城の各市と江蘇省の無錫・蘇州の両市を巡ってきました。期間中、当会とかねてから交流のあった山東省文化庁の計らいのもと、中国伝統の薬膳料理による昼食会、聊城師範学院においては「日中文化交流会・講演会」が開かれるなど、訪問先の先々で密度の濃い交流を重ねました。また、山東省薬膳協会には地球文化交流会中国北方連絡所が、かねてから当会中国ツアーのお膳立てをしてくれていた康輝旅行社には、同南方連絡所がそれぞれ設立され、その式典が開かれました。今後は、両連絡所との連携を図りながら、ますます中国との文化交流が重ねられるものと期待されます。今回は、両事務所設立のレポートをお届けします。

 

山東省薬膳協会事務所に北方連絡事務所開設

 まず、北方連絡所設立の式典は十月十七日昼、行われました。山東省済南市の山東省薬膳協会事務所ビル前には、歓迎の横断幕が張られ、河野理事長以下一行を出迎えました。中国伝統の胡弓、洋琴、琵琶、笛の生演奏の調べが会場を流れる中、歓迎式典は始まりました。

 まず、挨拶に立った章永順・山東省文化庁副長官は「世界平和のため世界の将来のため共に頑張っていかなければならないと思います。文化交流のためまず最初に山東省へ来てくださり心より感謝申し上げます。山東省の歴史は古く四千年余りの歴史があります。皆様は山東省にいる時間はとても短いですが、文化交流の良いスタートを切れると思います」と述べました。

 続いて河野理事長は、「昔から日本の国と中国は兄弟、親子、親戚、そういう仲でした。私の体の中にもずっと昔には中国の人の血が流れていると思います。何千年も経ってからこうして兄弟のようなお付き合いのできることはうれしいことです。地球文化交流会という会を作りましたが、普通、こうした会は、こんな会を作りましょうとみんなで相談し計画を立てて作ります。ところが、地球文化交流会は、初めに皆さん方と仲良くなって、気が付いてみたらお互いの文化を交流する流れになっていました。これからも初めに仲良くなってそれぞれの文化を交流させていきたいと思います」と挨拶しました。

 その後、山東省を代表する書、水墨画の大家が紹介され、短い時間の中で、実際に芸術家たちがそれぞれの腕を一行の前で披露、河野理事長に贈呈してくれました。河野理事長も請われて筆をとり、参列者の喝采を浴びていました。また、胡弓、洋琴、琵琶、笛による中国伝統の音色が奏でられ、河野理事長から芸道至極の心が述べられ感銘深いものがありました。

 北方事務所開設は去る六月、茨城県鹿嶋市で行われた発会式にわざわざ駆けつけてくれた山東省薬膳協会の張偉理事長の働きかけで実現。その薬膳協会に北方連絡所が置かれました。

 北方事務所設立の証書には、河野、張両理事長両者の署名が入れられ、河野理事長から事務所設立を記した楯が手渡されました。地球文化交流会のロゴも公表され、ユーラシア・アフリカ大陸とアメリカ大陸、オセアニアを挟む太平洋に十字の模様の入ったバッジが山東省側の参列者一人一人に手渡されました。

 また、昼食会は、薬膳協会自慢の薬膳料理がふるまわれ参加者の舌を潤しました。まず、薬草が二十四種入っているという中国版養命酒とも言えるお酒で乾杯。乾杯の音頭とった章副長官は、「河野理事長のスピーチは本当に意味が深く、また芸術家、書道家も自分のすばらしい腕を披露しました。河野理事長の絵もすばらしい。中国民族音楽に河野理事長が、間近で耳を傾ける姿が印象に残りました。これから私たちの友好関係は(中国歴代皇帝が即位に当たって参拝登山し、中国一の名山とされる)泰山より高くなります」と語りました。

 この日出された薬膳料理は、張理事長が六月の発会式で来日後、一週間にわたり日本に滞在。日本料理に触れたり日本の食文化の文献をあたったりして日本人好みの味を研究、この日に備えたと言います。今回のツアー参加者の中で二度目の薬膳料理に触れた人からは、「前回と比べて食べやすく、日本人の口に合うでしょう」との感想が聞かれました。

 

康輝旅行社に南方連絡所開設

 ツアー後半の二十日夕には、宿泊先の無錫市の湖賓館店別館で、南方連絡所設立式典が開かれました。式典には、無錫市人民対外友好協会副会長であり無錫市観光局の張新六副局長はじめ南方事務所が置かれる中国康輝旅行社の叶建軍社長、地元新聞社、放送局の記者らも出席。まず張副局長は「無錫の歴史は三千二百年と長く文化事業もとても発達しています。皆様方は無錫の文化、歴史への理解のスタートとしてください。今日お互いお会いする時間は短いかもしれませんが、これから長い交流が続けられる良い機会としたいと思います。私たちは同じ地球人。同じ地球で同じ文化活動をしなければならないと思います。地球上にはまだ戦争もありますが、一人の地球人として日本人との交流を通して良い関係を築きたいと思っています。国と国、民族と民族の交流は、このような文化交流が不可欠です」と挨拶しました。

 続いて河野理事長は「張先生から非常にありがたいご挨拶をいただき感銘深いものがあります。地球文化交流会を作りまして無錫との間に、大事な交流の起点の一つを作りたいと思いましたが張先生のご挨拶をいただき私の言いたいことは何もなくなりました。それほど心が広く世界に向ける視野も広くていらっしゃる。(無錫にある中国第三位の湖である)太湖も広々としていますが、張先生の心も広く人格も広くていらっしゃる。私はアフリカ、エジプト、トルコ、アメリカ、イタリー、フランス、東南アジアと世界各地を回ってきまして、ようやく無錫にたどりつきました。階段は下から一段一段上っていきますが、一段一段のぼって無錫にたどり着いたことは、無錫がそれほど高いところにあるわけです。地球は一つですが、それぞれの国の人間はみな違います。皆様方を拝見していて無錫独特のお顔をしていらっしゃる。そのお顔には、その国の長い歴史が現れていると思います。遺伝子はみな同じDNAから出来ていますが、遺伝子は同じでも遺伝子座の違いで一人一人異なった人間になります。太湖も無錫も、すばらしい遺伝子座であると確信しました。地球文化交流会は、皆様と仲良くして地球と一緒に大きな民族づくりをして行こうとしています。皆様との交流は、そのまま無錫の人々と交流したことになります。私だけでなく私の子、孫といつまでも交流を深めていただきたいと思います」と挨拶しました。

 また河野理事長は、自筆の掛け軸を張局長にプレゼント。掛け軸の俳句の内容について「花見に行きましたが、その花の美しさに誘われて私の中は全部花に染まってしまってどこへ行く気もおきません。無錫に来たらきっとそうなるでしょう」と解説しました。

 一方、張局長からは水晶球がプレゼントされました。張局長は「この丸い水晶は地球の形を表しています。ここには平和な地球、美しい地球が入っています」と語ると、これに河野理事長は「この中に無錫の人の心が全部入っていると思います」と答え、お互いに固い握手を交わしました。

 会食の席では、南方事務所設立の証書が河野理事長と張氏との間で交わされ、事務所開設記念の楯が河野理事長から張氏に手渡されました。また、地元無錫市在の書家や水墨画、篆刻の大家も同席、一行との交流を深めました。